ガタンッと背中を打つ衝撃に、うつらうつらしていた意識がぱちんと弾けた。
揺れの大きさからして、何か大きな石を踏んだのだろう。機兵車(トロール)の操縦席に仰向けに寝転んで、背中越しに伝わる心地よい振動にまどろんでいた意識が一気に引き戻されて、彼女は大きくため息をついた。
日差しよけに目深にかぶっていた帽子を指で押し上げて、街道の木々の影で出来た万華鏡の空を仰ぐ。
エメラルドの陽光が彼女の瞳に降り注ぐと、金色の虹彩が光を吸い取ってすっと猫のように細く瞳が引き絞られた。
両手で簡単なひさしを作って、木々に覆われた空に太陽の位置を探る。日の高さからして、昼を過ぎた所だろうか。機兵車の進むスピードから見て、今日中にナシーリアの郊外には入れそうだ。
《機工都市》《旅の始まりの町》といった二つ名を持つこの街は、ニスカトニア大陸唯一の大陸鉄道の始発駅として名高く、またさまざまな重機械の歴史にも深い関わりを持った、とても古くて大きな街である。
彼女の旅に目的は無い。ただこの街にいれば、機械いじりを主に仕事にしている彼女に何らかの仕事が回ってくる。人恋寂しくなった頃に、こうやって彼女はのんびりと機兵車に揺られながらこの街へと訪れていた。
日の光に透けた金の髪をかきあげて、彼女は大きく伸びをする。少し冷たい深緑の木々の空気を胸いっぱいに吸い込んで………ふと。
さわっと街道の木々を揺らす風の中に、果物独特の甘い匂いをかぎつけて彼女は目を細めた。
(この匂いは……リンゴの匂い)
「ユンケル」
背中越しに、彼女は自分を乗せて走っている機兵車に呼びかけた。
「あーい、まシたー、なんでスカー?」
くぐもって所々音程のずれた幼い声が、厳つい機兵車のスピーカーから飛び出してくる。
二頭引きの馬車に使われるくらいの大きな車輪に傷だらけの鎧(車体)、使い古された金属腕(アーム)と、まるで頭の固い老兵を彷彿とさせる外見とは裏腹に、スピーカーから飛び出してきた声が三歳くらいの子供のかわいらしい口調である事がどことなく笑いを誘うが、彼女の微笑みはそれと違って穏やかで優しい。
「寄り道するよ。この先の道を右に入りな。ナシーリア手前の林檎園だ」
「あ~い、わかりマシた~♪」
りんゴ~りんゴ~♪とでたらめに歌うユンケルの声を背中で聞きながら、彼女はぼんやりと空を見上げる。
(……思えば、ここに来るのも久方ぶりだね)
ふと、脳裏に浮かぶ一人の少年の顔。
熟したリンゴのような赤い髪に、そばかすの頬、そしてよく輝く深緑の瞳。
笑ったような、泣きそうな、そんな顔で少年が別れの際に彼女に言った言葉が頭の中で反芻される。
―――………。
あの時から随分と時間が経ってしまったが、それでも、あの少年と共に過ごした日を昨日の事のように思い出せる。
その時の色。声。匂い。
『オレをあんたの弟子にしてくれ!』
その出会いは本当に偶然だった。
さびた鉄の匂いがする戦場近くの町。
両手いっぱいに抱えたしなびたリンゴ。
少年を追う怒号。
セピア色に沈む町の中で、それでもなお、褪せることなく輝く深緑の瞳に。
彼女は深く息をついて、ゆっくりと目を閉じた。
揺れの大きさからして、何か大きな石を踏んだのだろう。機兵車(トロール)の操縦席に仰向けに寝転んで、背中越しに伝わる心地よい振動にまどろんでいた意識が一気に引き戻されて、彼女は大きくため息をついた。
日差しよけに目深にかぶっていた帽子を指で押し上げて、街道の木々の影で出来た万華鏡の空を仰ぐ。
エメラルドの陽光が彼女の瞳に降り注ぐと、金色の虹彩が光を吸い取ってすっと猫のように細く瞳が引き絞られた。
両手で簡単なひさしを作って、木々に覆われた空に太陽の位置を探る。日の高さからして、昼を過ぎた所だろうか。機兵車の進むスピードから見て、今日中にナシーリアの郊外には入れそうだ。
《機工都市》《旅の始まりの町》といった二つ名を持つこの街は、ニスカトニア大陸唯一の大陸鉄道の始発駅として名高く、またさまざまな重機械の歴史にも深い関わりを持った、とても古くて大きな街である。
彼女の旅に目的は無い。ただこの街にいれば、機械いじりを主に仕事にしている彼女に何らかの仕事が回ってくる。人恋寂しくなった頃に、こうやって彼女はのんびりと機兵車に揺られながらこの街へと訪れていた。
日の光に透けた金の髪をかきあげて、彼女は大きく伸びをする。少し冷たい深緑の木々の空気を胸いっぱいに吸い込んで………ふと。
さわっと街道の木々を揺らす風の中に、果物独特の甘い匂いをかぎつけて彼女は目を細めた。
(この匂いは……リンゴの匂い)
「ユンケル」
背中越しに、彼女は自分を乗せて走っている機兵車に呼びかけた。
「あーい、まシたー、なんでスカー?」
くぐもって所々音程のずれた幼い声が、厳つい機兵車のスピーカーから飛び出してくる。
二頭引きの馬車に使われるくらいの大きな車輪に傷だらけの鎧(車体)、使い古された金属腕(アーム)と、まるで頭の固い老兵を彷彿とさせる外見とは裏腹に、スピーカーから飛び出してきた声が三歳くらいの子供のかわいらしい口調である事がどことなく笑いを誘うが、彼女の微笑みはそれと違って穏やかで優しい。
「寄り道するよ。この先の道を右に入りな。ナシーリア手前の林檎園だ」
「あ~い、わかりマシた~♪」
りんゴ~りんゴ~♪とでたらめに歌うユンケルの声を背中で聞きながら、彼女はぼんやりと空を見上げる。
(……思えば、ここに来るのも久方ぶりだね)
ふと、脳裏に浮かぶ一人の少年の顔。
熟したリンゴのような赤い髪に、そばかすの頬、そしてよく輝く深緑の瞳。
笑ったような、泣きそうな、そんな顔で少年が別れの際に彼女に言った言葉が頭の中で反芻される。
―――………。
あの時から随分と時間が経ってしまったが、それでも、あの少年と共に過ごした日を昨日の事のように思い出せる。
その時の色。声。匂い。
『オレをあんたの弟子にしてくれ!』
その出会いは本当に偶然だった。
さびた鉄の匂いがする戦場近くの町。
両手いっぱいに抱えたしなびたリンゴ。
少年を追う怒号。
セピア色に沈む町の中で、それでもなお、褪せることなく輝く深緑の瞳に。
彼女は深く息をついて、ゆっくりと目を閉じた。
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